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2025.05.30 610gym

格上に全勝の西田凌佑“じつは驚異的”な経歴「どう見ても強そうじゃないやん。でも試合だとやりよる」

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6月8日、IBFバンタム級王者・西田凌佑(28歳/六島)がWBC世界同級王者・中谷潤人(27歳/M.T)との王座統一戦に挑む。無敗同士の日本人対決ながら、西田はキャリアとパンチ力で上回る強敵に「負けても失うものはない」とチャレンジャーの姿勢を崩さない。控えめな発言の裏に隠し持った勝利への執着心とは? 【NumberWebインタビュー全2回の後編/前編も公開中】

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 情熱と現実を秤にかけて、一度は現実を選んだ。近畿大学卒業後、西田凌佑はグローブを吊るし、大手パンメーカーに就職した。仕事をして、収入を得る。なだらかな生活が続く。22歳の青年の前には、ごくありふれた、それでいて決して悪くはない“普通の未来”が横たわっていた。

 しかし、本当にこれでいいのだろうか。練習や減量の苦しみ。肉体が削られる痛み。それらと引き換えにもたらされる、刺激とも快楽とも喜びとも言いがたい何か。その何かを、リングの上に置き忘れた感覚があった。

 転機は大学卒業から数カ月後、2019年の夏に訪れた。近大ボクシング部の同期・峯佑輔が、六島ボクシングジムからプロデビューを果たす。その勝利を見届けたとき、西田は自分のなかに情熱がくすぶっていることをはっきりと理解した。

 アマチュアでの実績もある。西田が六島ジムに足を運ぶと、あれよあれよという間にプロボクサーへの道が舗装された。

「最初は、社会人としてアマチュアでやりたいと思っていたんです。でも武市(晃輔)トレーナーがプロテストもデビュー戦も手配してくれて、逃げられなくなってしまって」

 笑顔で当時のことを振り返る西田。では、武市トレーナーにはどんな思惑があったのだろうか。

「社会人でやりたいと本人は言っていましたけど、仕事をしながらダラダラやるのが目に見えていた。それじゃ未来はない。本気でボクシングをやるなら、プロでやらせたかったんです。世界はともかく、日本タイトル戦くらいのレベルにいける素質はありましたから」

 2019年9月にプロテストを受け、10月にはタイ・バンコクでデビュー戦に勝利。12月には2連勝を飾った。練習時間を確保するために、新卒で入社したパンメーカーを辞めて父の会社に籍を置いた。

「学生時代にやり切れなかった。その気持ちでプロの世界に入ったので、もうやりたくないと思うくらい練習しようと。父に雇ってもらうのもイヤでしたし、とにかく早く成功したかった。1回でも負けたらボクシングはやめる。3戦目の前もそう思っていました」

誰もが予想しなかった伏兵・西田の勝利
 コロナ禍で試合間隔が空き、迎えた2020年12月。西田はプロ3戦目で、世界挑戦経験を持つ元日本バンタム級王者の大森将平と対戦した。言うまでもなく、プロとしての経験値の差は歴然だ。試合前、西田の勝利を予想する者はほとんどいなかった。

 西田は試合開始のゴングと同時にラッシュを仕掛け、大森の出鼻をくじいた。その後もサウスポー同士のジャブの刺し合いを制し、大森の左フックや左ストレートをことごとく空転させる。終盤には上下のパンチを巧みに打ち分けて明確なダメージを与え、判定3-0の完勝。猛練習が実を結び、スタミナでも世界挑戦経験者を圧倒した。

 ボクサーとして生きる道がつながった。西田の次戦は元WBCフライ級王者の比嘉大吾とのWBOアジアパシフィックバンタム級タイトルマッチ。3戦目で大森に勝利したとはいえ、相手は世界戦を含めて15試合連続KOの記録を持つあの比嘉だ。会場は“アウェイ”の沖縄コンベンションセンター。挑戦する西田の評価は、ここでも当然のBサイドだった。だが、参謀の武市トレーナーには確信があった。

「うちのジムのストロング小林佑樹がWBOアジアのタイトルを比嘉選手に取られた試合を見て、西田なら絶対に勝てると思ったんです。サイドに回って、あの突進をいなせるはずだと。このチャンスを逃す手はない。そう思いました」

 比嘉の突進が鈍かったわけではない。それでも西田の技術と覚悟が上回った。サークリングしながらジャブを突いて中間距離の戦いを制し、比嘉が得意とする接近戦でも互角以上に渡り合った。終始ペースを握ったまま12ラウンドを戦い抜き、大差の判定勝ち。プロ4戦目にしてタイトルを獲得し、一躍バンタム級のホープとなった。

 重要な試合で戦う相手は格上ばかり。だが、負けない。エマヌエル・ロドリゲスに挑戦したIBF世界バンタム級タイトルマッチもそうだった。2019年のWBSS準決勝で井上尚弥に2ラウンドTKO負けを喫したロドリゲスだが、大橋ジムの大橋秀行会長も「井上のキャリアで一番警戒していた相手」と評した実力者だ。井上戦後はレイマート・ガバリョに“疑惑の判定”で敗れたものの、再起してIBF王者に返り咲いた。スピード、パワー、テクニック。どれをとっても一級品で、キャリアの浅い西田にとって高い壁になると思われていた。

 4ラウンド、西田の左ボディアッパーが突き刺さり、ロドリゲスが苦悶の表情を浮かべてキャンバスにヒザをつく。ノーモーションの右に活路を見出し、盛り返そうとするロドリゲスだったが、7ラウンド以降は西田が距離を潰して執拗にボディを攻める。この試合のために、武市トレーナーと徹底的に磨き上げてきた至近距離での打ち合い。右目を腫らしながら、ロドリゲスに傾きかけた流れをふたたび引き寄せた。判定は3-0。プロ9戦目でIBFのベルトを巻いた。

変幻自在のスタイル「相手の良さを消す」
 ボクサー・西田凌佑の強みとは何か。本人に問いかけると、「うーん……なんですかね」と答えに詰まった。言葉を選んでいる気配があった。

「とにかく勝つためのボクシング、勝つためのスタイルを目指しているので。接近戦に振り切ったり、足を使って戦ったりではなくて、なんでもできるのが理想です。相手の戦い方によって自分を変えられる。相手の良さを消す。それが自分の強みかなと最近は思います」

 フィジカルと技術が高いレベルで融合したボクサーであることは間違いない。それでも、あえて尖った部分を持たない。言い換えれば、自分の武器を過信しない。勝ち方ではなく、勝つことにすべての神経を注ぐ。そこに武市トレーナーの戦略と「負けたらやめる」という覚悟が加わり、西田という特異な世界王者が生まれた。

 とはいえ過去の相手と比べても、中谷潤人はあまりにも強大だ。陣営によると、大森戦や比嘉戦の前は、勝てるという確信があった。ロドリゲス戦も「微妙だけど勝算はある」と感じていた。しかし中谷については、「勝つ可能性があるかわからない」というのが武市トレーナーの率直な見立てだった。

「そういうレベルの相手なので。こうやったら勝てる、というものはない。普通に考えれば一枚も二枚も中谷選手が上手。僕らは王者でもBサイドなんです。ベルトがかかっているけど、失うものは何もない」

 六島ジムの枝川孝会長も、冗談めかしてこう語った。

「10勝(西田)と30勝(中谷)。3倍やで? 1ラウンドで終わるかもしれへん」

 武市トレーナーが合いの手を入れる。

「試合数は向こうが3倍だけど、こっちはほとんど判定。向こうは早期KOばかり。ラウンド数ではそんな変わらんと思う。誰か調べてみてください」

 2人の言葉を聞きながら、西田は困ったような笑みを浮かべていた。リングの上とはまるで違う、いかにも善良そうな表情だ。だが、この“Bサイドの世界王者”は、笑顔の裏に強烈な勝利への執着心を隠し持っている。井上尚弥vs.中谷潤人というボクシング界の大きな流れを本気でぶち壊そうとしている人間は、いま、日本に西田しかいない。

 枝川会長の言葉が耳に残る。

「どう見ても強そうじゃないやん。でも、試合だとそこそこやりよる。ナゾやねん」

 西田凌佑の正体は、まだわからない。

〈前編とあわせてお読みください〉

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